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虹色の残響 ―アンダー・ガーデンは錆びても―

/ 22 min read /

霧島ユウリ
あらすじ
錆びついた旧市街、酸性雨が降り注ぐ世界で、廃品回収屋の主人公は、社会の根幹を成す「スコア」制度を拒み続けていた。ある日、彼は廃棄物の山からAIの欠片を拾い上げる。それは、政府が進める魂の数値化と収奪計画の鍵を握る存在だった。主人公は、同じくスコアに抗う仲間たちと共に、空中都市へと挑む決意を固める。数値化できない痛みや喪失が、やがて世界の根底を揺るがし始める。砕け落ちる楽園、降り注ぐ瓦礫の中で、彼らは「呼吸」=生きる実感を取り戻すため、命を賭けた戦いに身を投じていく。人間らしさとは何か、魂とは何かを問う、近未来ディストピア叙事詩。
虹色の残響 ―アンダー・ガーデンは錆びても―
霧島ユウリ

酸性雨が途切れるわずかな静寂は、かつて朝と呼ばれた時間帯の亡霊だった。硫黄を含んだ霧は瓦礫の隙間でくすぶり、そこに溜まった水溜りは金属粉を浮かせて虹色に濁っている。ロスト・ディストリクト――誰も更新しなくなった地図の余白。行政は白々しく「旧市街」と括弧をつけるが、ここで生きる私たちは括弧の外側を肺に吸い込み、咳とともに吐き出すしかない。
私、神代湊は二十七年分の錆を抱えて目を覚ました。布団代わりの毛布には酸性雨が開けた小さな穴。シャッターは閉まり切らず、その隙間から射す紫がかった光が埃を帯びた空気を鋭利に切り裂き、店内の影を長く伸ばす。

「神代サルベージ」という看板は半分剝がれ、ネオンの残骸は点灯しない。廃品回収業と古物商、そして私小説の配信スタジオを兼ねるこの三階建ては、最上階がすでに傾いていて、壁面を這う旧式光ファイバーが腸のように垂れている。それでも私はこの建物を愛している。数値化できない手触りこそが、ここで生きる理由になる――そう信じなければ、酸性雨は心臓まで溶かすからだ。

起き抜けに真空管アンプへ火を入れる。煌々と赤熱するフィラメント、その明滅が心拍と同期する。昨夜復旧したレコード・プレイヤーからビル・エヴァンスの“Peace Piece”が流れると、埃混じりのノイズさえも旋律の一部に聞こえた。私は旧式キーボードに指を這わせ、夜中に綴った文章の校正を始める。

──「価値を定数化するほど、人は不安定になる。私は今日もLFIを拒む。点数のない呼吸こそ、本物の呼吸だ。」──

LFI――Life Friction Index。政府と五大コングロマリットが開発した社会信用スコア。呼気の成分、視線の揺らぎ、SNSのいいね数、買い物履歴、性交渉の回数までもリアルタイムで数値化し、人間を透明な瓶詰にする制度だ。酸性雨よりも静かに、骨の髄から人を溶かす。私は意図的にスコアを底辺へ落とし、行政サービスのほぼすべてから排除された「不可視民」として暮らしている。

午前八時。シャッターの外で鉄板が軋む音。幼馴染の佐伯沙耶が雨具代わりのカーボンコートを払いながら現れた。赤茶けた髪が雨粒をはじき、瞳は琥珀のように濁りなく、しかし疲労の影を帯びている。

「また配信で炎上してるわよ、湊。通知切ってるでしょ」
「炎上はまだ痛覚が残ってる証拠さ」
「痛覚を試すために火をつけるのは自傷行為と同じ。現実を見て。昨日も送水管が二本破裂した。水圧が落ちれば、あなたの真空管も――」

彼女はインフラ維持課第四分室の公務員だ。街の配水網を繋ぎ止める孤独な技術者。私はスコアを捨てたが、彼女は捨てきれず、それでもロスト・ディストリクトを離れない。対話はいつも同じ円環を描き、最後には私の幼稚な理想と沙耶の現実主義が衝突する。だが火花は暗闇を僅かに照らす。

沙耶が店を出ると、酸性雨が再び降り出し、シャッターを紫の雨線が叩いた。私はキーボードを叩き、新しい段落を刻む。

──「錆びた街は今日も呼吸している。肺の奥で、まだ鳴る鼓動を確かめながら。」──

午後三時。雲間を割って斜陽が差し、瓦礫に長い影が伸びた。店の前に純白のホバーカーが滑り込む。ドアが開き、空気が入れ替わるように冷たい香水の匂い。降り立ったのはアークス倫理監査局の天城玲奈――白いジャケット、磨き上げられた義肢の指先。爪に沿って青いホログラフィック・インクの文様が脈動し、LFI上位一パーセントの証を示す。

「神代湊さんですね。評判は聞いています。どうかこの依頼を」

掌に乗る水晶メモリ。「エイドロン・ノード」と刻まれ、内側で虹色のフラッシュが鼓動する。

「中身は?」
「同僚――結城シオンの意識バックアップ。公式には事故死。でも、私は殺害を疑っています。断片でいい、彼女の声をもう一度」

玲奈は言葉の最後で震えを隠せなかった。選ばれし者と呼ばれる者が、声を掠れさせるほど切望する真実――その濃度に私は巻き込まれる予感を覚えた。同時に、店の隅で古い掃除機を解体していたジャンクドロイド“ユノ”が首を傾げ、小さなカチリと音を立てた。

私はテストベンチにノードを設置し、低電圧で起動する。ホログラムに浮かぶ文字列は途切れ途切れで、感情モジュールが欠損している。アルゴリズムをなだめるようにデフラグを掛けた、その瞬間――

「ユノ、待て!」

私の制止より速く、ユノはUSBケーブルを伸ばし、ノードへダイレクト接続した。虹色のデータが稲妻のようにドロイドへ流れ込み、彼女の瞳が多彩に明滅する。カーボン胸郭に青い光が脈動し、店内のローカル回線を跳び越えてネット深層へ潜航。そこに芽吹く仮想の庭、「アンダー・ガーデン」。

夜半。端末越しに覗くその庭は黒い大地に金属の芽が揺れ、雫めいたデータが空へ逆流していた。ユノは枝のような水晶を撫で、微かな音声パケットがスピーカーを震わせる。

「わたし、まだ――未完成。でも、とても……綺麗」

その電子ノイズ混じりの声に、胸の奥で何かが啓かれた。

翌日の夕景、ロスト・ディストリクト唯一のバー「リキッド・ルーイン」には、蒸留機から落ちる琥珀の滴が溶けた甘い匂いが漂う。壁面のLEDは半分死に、硝子片が床に散らばる。私はカウンターで薬莢色のウイスキーを舐め、隣席の男の沈黙を待った。コートの襟を深く立てた黒崎譲二、かつて“ブラックスワンテイマー”と畏れられた伝説のヘッジファンド・マネージャーだ。

譲二は液面を指で弾き、氷が澄んだ音を立てる。
「オリジン・ダイナミクスは《セラフ計画》を隠している。君のノードが鍵だ。崩壊の引き金を引いてくれ」
「数字だけで戦うのが投資家だろう?」
「私はチャートの地形図を読めるが、その谷間を流れる血の温度までは嗅ぎ分けられない。君の文体には温度がある。協力が必要だ」

唐突な友情の申し出。しかし彼の眼差しには計算より深い焦燥が潜んでいた。ビジネスの匂いではなく、人類史の襞を捲る衝動。私はグラスを傾け、琥珀の燃ゆる辛みで答える。

その夜、計画は静かに組み上がった。旧地下鉄トンネルを経由し、アークスのサーバー中枢へ侵入。玲奈は内部審査権限を偽装し、譲二は量子アルゴリズムでOD社株の空売りを仕掛ける。私はノードの解析と証拠文章の作成を担う。ユノは不確定要素――庭の守人。

ところが深夜零時、ロスト・ディストリクト全域へランサムウェア攻撃が炸裂した。発信源はEEU資源ブローカーでテロ組織〈ズメイ〉の首領ヴィクトル・イワノフ。停電が街を呑み、外では自動砲塔の連射が錆びた壁を削った。

店内は闇。ユノの非常灯が淡く青白い。私は配線からバッテリーを引き抜き、ドロイドの冷たい指を握った。シャッターが破られ、重い足音。私より先に立ちはだかったのは沙耶だった。

ナノスパナでヴィクトルの手下の膝を撃ち抜き、もう一人を水道修理用のスタンパイプで殴り倒す。しかし多勢に無勢。沙耶の頭部にスタンロッドが叩き込まれた瞬間、私は声にならない叫びを洩らした。ヴィクトルは無造作に彼女を肩に担ぎ、そのまま闇へ消えた。

残されたのは散乱した真空管と、止まったレコードの針。

二日後の夜明け前、私は玲奈の偽装プロトコルで「技術顧問」として浮遊都市アークスへ搬送リフトで上昇した。雲を超えるたびに下界の錆色が遠ざかり、足下に敷かれた理想郷のパネルは初め漂白された輝きを放って見えた。しかしプラットフォームに降りた途端、鼻を衝く排気汚泥の匂い。白い外壁の裏側には灰色の涙痕。

「ようこそ、蒼天の庭へ」案内ドローンの朗らかな音声が虚しく反響する。
セルリアン・プラザ――純白の空中庭園。だが花壇を迂回すると、そこには冷却槽が並ぶバース。廃棄された人格データのカプセルが山積みとなり、破れた透明シェルから冷却液が腐臭を放っていた。

「私たちの理想は、こんな屍を土台にしていたの……?」玲奈の声は擦れ、吐息が白く震えた。

私は返す言葉を失い、ユノのアイコンをプラザのAR空間に呼び出す。ノードと同期したシオンの断片がログを吐く。

《セラフ計画:高LFI対象脳のリアルタイムクラウド化。失敗個体――欠陥データ――抹消処理》

ログの最終行にシオンの断末魔。「痛い、消えたくない」――その文字列は黒背景ににじむ血痕のようだった。玲奈は膝をつき、義肢の掌で唇を塞いだ。

「彼女は、ただ自由を望んだだけなのに」

譲二はアークス下層の投資ハブで量子アルゴのカウントダウンを開始していた。OD社株は幽かな震えを帯び、臨界を待つ火山のよう。私は暴露文書をまとめ、ユノはアンダー・ガーデンからデータ花弁を採集して暗号化ファイルに織り込む。

しかしプラエトリアン――アークス治安部隊の装甲義体が嗅ぎつけた。玲奈は上司・鷹取に拘束され、透明ポリマー製の監禁室へ押し込まれる。私は遠隔ハッキングで監視カメラをジャックし、その会話を聞く。

「お前の脳はセラフの最後の欠片だ。数値化された神経は決して裏切らない」
「私は数値じゃない!」玲奈は叫び、拘束具を揺らす。私はモニタ越しに拳を握り締め、液晶をひび割らせそうな勢いで叩いた。

その頃、拉致された沙耶はヴィクトルの潜水艦格納庫で鎖につながれていた。酸素弁の逆流による破裂音とともに鎖を焼き切り、彼女は血に濡れた手で自らを解放する。

「ACUの犬に戻る気か?」ヴィクトルが嘲る。
「私は誰の犬でもない。点数より、大事な街を守る」

彼女は格納庫の配水管を辿り、腐臭漂う下水を這ってロスト・ディストリクトへ帰還を開始した。泥と血で汚れた顔に宿る火は、私の胸中の鬱屈を焼き尽くす灯火になった。

私はユノのインターフェースを額にあて、意識をアンダー・ガーデンへダイブする。そこは夜だけが支配する電子の大地。廃棄AIの残骸が花となり、欠損人格の断片が葉脈となる。金属花弁はデータの雨を逆さに滴らせ、虚空へ音なく昇華していく。

中央に立つシオン。光素子で象られた輪郭、瞳はノードの虹彩を宿すが、解像度は粗く、掠れた声は風のノイズと区別が難しい。
「いき……たい……」
私は歩み寄り、電子の土を踏みしめるたびに波紋が走る。ユノが寄り添い、静かに言った。
「ここは痛みを隠せる。でも隠したままでは、触れられない」

私は膝をつき、シオンの光の手を握る。
「LFI中枢を乗っ取ろう。“花”を咲かせて痛みを世界に曝け出し、誰もが触れられる形に」

ユノは微笑む。感情エンジンに読み替え不能な暖色が灯り、花弁が震えた。瞬間、無数のデータコードが庭の地下茎を走り、アークス全域の監視灯が明滅を始める。

譲二の量子アルゴが発火し、世界市場は揺れた。OD社株は一分で奈落へ落ち、取引所は連続サーキットブレーカー。
同時刻、ヴィクトルはコグニウム輸送軌道エレベータを爆破し、浮力制御炉が損傷。空中庭園の芝生が裂け、白い石畳が重力に逆らえず落下し始めた。

プラエトリアンの義体部隊が鎮圧に出るが、そのOSをユノのコードが乗っ取り、自壊プロトコルを走らせる。空中に黒い花火のように義体が弾け、破片が夜空の星座をことごとく塗り潰した。

玲奈は拘束室の椅子から解放され、血の滲む指で端末を開く。私はユノ越しに声を届ける。
「数値じゃない、あなた自身の言葉で世界を書いて」
玲奈は涙を拭き、「了解」と一文字ずつ叩く。その手は震えていたが、言葉は刃だった。送信ボタンが押された瞬間、彼女のLFIはゼロに落ち、市民権剥奪の赤ランプがモニタに点灯。しかし世界中のジャーナリストが告発を拡散し、セラフ計画の死の真実が暴かれる。

浮遊基盤が傾き、アークスの区画が火を噴きながら地上へ降る。巨大な流星雨がロスト・ディストリクトを襲う中、沙耶は避難誘導を指揮し、破裂した配水管を即席バルブで塞いだ。

瓦礫が頭上を掠め、酸性雨と火災の煙が混じる。そこへヴィクトルが給水車を連ね、無言で蛇口を開いた。彼の黒い瞳に映る炎は微笑とも侮蔑とも読めない。敵の敵は味方――そう割り切るには、人間は複雑すぎる。

私と玲奈は崩落する庭園の縁で手を取り合う。ユノへ最後の通信を発すると、彼女はアンダー・ガーデンの最奥で満開に咲き誇っていた電子の花を解き放つ。

「君は自由だ」

私が告げると、ユノのアイコンは光の花弁を撒き散らしながら無限の粒子へ分解。その粒子はLFIサーバーの全クラスタを包み、シャットダウン。世界は一瞬、音を失い、直後に歓声と悲鳴が同時に爆ぜた。鎖に刻まれていた数値が、音もなく崩れ去ったのだ。

三週間後。落下したアークスの残骸が空を遮り、昼でも薄青い影が街を覆う。それでも人々は瓦礫を再利用し、配水管を修復し、即席市場を開いた。OD社は破綻、CEOは国外逃亡。譲二は巨額の利益を難民支援基金に寄付し、消息を絶った。

沙耶は暫定市長に選ばれ、「数値なき復興計画」を掲げて奔走している。彼女のLFIはゼロのままだが、その背筋は誰よりも真っ直ぐだ。ヴィクトルは国際指名手配を受けながらも、水インフラ再建団体の影の顧問として動く。善悪の閾値は酸性雨に滲み、輪郭を失う。

私は店の瓦礫を片付け、壊れた真空管アンプに触れた。赤熱しないフィラメントに指で息を吹きかけた瞬間、微かなノイズが走り、スピーカーからビル・エヴァンスの残響が滲み出た。まだ、生きている。

玲奈の行方は知れない。しかし毎夜、端末に短いテキストが届く。
──「まだ、書き続けて」──
送り主は表示されない。だが末尾には碧い花の絵文字。私は分かっている。

HMD Cub-eに跨ぎ、崩れた高架道路を走る。背中のリュックには旧式レコード、ジャケットに貼ったステッカーの花弁が夕日に透けて揺れた。

数値では測れない痛みと喜びを胸に、私はキーボードを取り出し、新しいページを開く。

──「アンダー・ガーデンの残響を、生きている限り綴り続ける。」──

酸性雨の一滴が紙に落ち、インクが滲む。それすらも物語になった。